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辻邦生さんの文学の紹介、文学、クラシックやジャズ、美術。
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春の戴冠を読む
2007年09月14日 (金) 23:59 | 編集
Haru
春の戴冠 春の戴冠
辻 邦生 (1996/02)
新潮社

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春の戴冠を読んでいます。前回は8月8日に書いていますので、一ヶ月間ぐらい書いていませんでした。

語り手フェデリゴの父マッテオも亡くなり、サンドロの父マリアーノも亡くなっています。そしてなにより、ロレンツォ・メディチも亡くなります。ミラノの後継者争いや、ナポリ王の死去によって、フランス王シャルルがイタリアへ軍を進めるのですが、ロレンツォの長子であるピエロは父親のような果敢な判断をすることが出来ずに、フランス軍に屈してしまい、フィレンツェを追放されます。変わって権力を握ったのはジロラモ・サヴォナローラです。ドメニコ派修道士であるジロラモは、虚飾を廃し、悔悟することで、フィレンツェは新しいエルサレムになるのだ、と民衆を扇動しています。たまたまジロラモがフランス軍の侵入を予言していたこともあり一気に民衆の心をつかむのですが、やがて、原理主義化していき、少年少女が反キリスト教的、異教的なもの、卑俗なものとみなしたものを、人々から取り上げ、火にかけるのです。焚書ですね。

物語的なおもしろさはさておいて、辻先生がサヴォナローラの登場以降のフィレンツェの状況を描くに当たって、文化大革命や60年代の学生運動など下敷きにしていらっしゃるんだな、と言うことを感じ続けています。理想を求めて性急な改革を求めるのはあまりに不幸な結果をもたらすのです。辻先生の本を「あまりに理想的すぎる」という風に捉える方もいらっしゃるようですが、そうではなく、理想は理想で大事だけれど、現実も現実で尊重しなければならない、という厳しい中庸の道を取っておられるのだ、と改めて感じています。
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「春の戴冠」を読む
2007年08月08日 (水) 21:27 | 編集
春の戴冠 春の戴冠
辻 邦生 (1996/02)
新潮社

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辻邦生師の「春の戴冠」も読んでいます。パッツィ家の叛乱が一段落するのですが、教皇からの圧力は厳しく、とうとうナポリ王フェルディナントによって戦争が引き起こされ、王子アルフォンソの軍がフィレンツェ軍と戦闘状態に入ります。間の悪いことにフィレンツェでは疫病が蔓延。ロレンツォ・デ・メディチは教皇に破門され、フィレンツェも聖務禁止になってしまいました。この状況を打破すべく、ロレンツォ・デ・メディチはわずかな供回りと共にナポリ王国へと交渉に出向くことになるのです。

サンドロはといえば、「物から眼をそらすな」という言葉に則って、デッサンを続け、パッツィ家の叛乱の首謀者達が首をくくられている場面を描いた絵を完成させます。サンドロは「神的なもの」、つまりプラトン哲学風に言えば「イデア」なのですが、それを物一つ一つに沈潜していくことによって獲得しようとしています。それとは反対に物を何でも知ろう見よう聞こうとする人物としてルネサンスの巨人レオナルド・ダ・ヴィンチが登場するのです。このあたりは、「嵯峨野明月記」や「小説への序章」の議論を思い出します。

それにしてもパッツィ家の叛乱で描かれるフィレンツェ市民の騒擾の描き方は本当にすごかったですね。この理性を失った感情的で、ある意味「動物的」なフィレンツェ市民の行動は、後に訪れることになるサヴォナローラ騒動への伏線となっているわけですね。人間とは本当に難しいものです

「小説への序章」では、ディケンズ論が展開されていて、ディケンズの文章表現についての考察が述べられているのですが、こちらは間違いなく「春の戴冠」において実際に生かされていますね。このあたりも今度書いてみれたらいいな、と思います。

ああ、「窖」についてはかけていませんね。フィチーノがプラトン・アカデミーで行った饗宴で、窖について述べているのですが、そのあたりをまとめられればいいと持っているのですが、これは本当に気合いを入れてかからなければならなそう。すこし時間を下さい。
暑いですね、本当に。昼休みのウォーキングも自粛中です。これだけ暑いと、ちょっと歩く気になりません。会社帰りにちょっと回り道をして帰ってみたり、といったところで歩数を稼ごうとしています。しかし、電車は空いていますね。来週はほとんどガラガラなのだと思います。学生さんもいらっしゃらないですし、お盆休みということもあって休みの会社が多いでしょうし。しかし僕の会社は休みにはならないのです。かわりに10月頃休もうかと思っていますが。

明日は、友人が上京すると言うことなので、一緒に食事をすることになりました。一緒に富士山に登ろうとしていたあの二人です。富士山の話を聞いたり、彼らの山の話などを聞けるかな、と思って楽しみにしています。
辻邦生「美しい夏の行方」と「春の戴冠」
2007年07月27日 (金) 23:59 | 編集
美しい夏の行方―イタリア、シチリアの旅 (中公文庫) 美しい夏の行方―イタリア、シチリアの旅 (中公文庫)
辻 邦生 (1999/07)
中央公論新社

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フィレンツェずいている今日この頃ですが、新潮文庫から出ている、題名も装丁も写真も、そしてもちろん文章もとても美しいこの本を読みました。アリタリア航空南回りで東京からローマに着いた時の祝祭的な気分、ローマの暑い一日を愉しみ、アッシジで聖フランチェスコの聖蹟に親しむ。途中で天使のような女の子に出会ったり。そしてフィレンツェ。ですが、そこで辻先生を待っていたものは……。

1989年に大判本で出版されましたが、もとは「マリー・クレール」という雑誌のために書かれた紀行文です。そして、この新潮文庫版が出版されたのは1999年7月3日。おなじ7月29日に辻先生は軽井沢で倒れられ息を引き取られましたので、おそらくは生前に出版された最後の本なのではないかと思います。

さしあたっては、前半のローマからフィレンツェの部分を読みまして、後半のシチリア紀行は今回は読まずに、「春の戴冠」に戻りました。こちらでは、ジュリアーノ・メディチが騎馬槍試合で、メディチ家のライバルであるパッティ家のロドルフォを打ち倒しますが、シモネッタの病も進行して……。サンドロ・ボッティチェルリは、いよいよ「春」の構想を練り上げてゆきます。上巻の喜びと悲しみのクライマックスが徐々に迫ってきています。
春の戴冠を読む その3
2007年07月13日 (金) 21:43 | 編集
Haru
辻邦生全集〈9〉小説9
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プラトンの生誕祭にあわせて、プラトン・アカデミーでは、「饗宴」をもした哲学を語る宴が開かれるのでした。メディチ家当主ロレンツォはもちろん、フィレンツェの碩学の面々があつまり、語り手フェデリゴはその書記役として饗宴の末席に連なることになったのです。

さまざまな問題が語られるのですが、ロレンツォは、こうした哲学的な議論は、アカデミックな場にとどまるだけであってはならず、たとえば、自分がいま手がけようとしているイモラ領の買収といった高度な政治的駆け引きに於いても哲学的な議論が有用でなければならないのだ、と言うのでした。

それをうけてフィチーノは、まさにその通りなのである、とその議論を引き継ぎます。すなわち、<神的なもの>は、世のあらゆるものに分有されていなければならず、たとえば美しい桜草を見るとき、そこに美しさを見いだすのと同じように、政治活動や経済活動に於いても、神的なものが分有されているはずなのだ、というのです。確かに、桜草を見たときに感じる美しさのほうが強いのは、神的なものが桜草には濃く現れているにはちがいないのですが、桜草以外の現世のあらゆる事象に神的なものを見いだそうとするパースペクティブが重要なのだ、と解くのでした。

これは辻邦生師が行っている、この世を支えているのは美しさなのであるが、その美しさとは決して芸術作品などの美しさなどではないのであって、たとえば、日の光や木々のざわめき、鳥のさえずりと言った自然物から、コンクリートの建築や、日々の雑多な作業などを支えているのは「美」なのである、という考え方が現れている部分だと思います。

これを額面通り受け容れることが出来るかどうか、人それぞれだと思います。しかし、以下の点について留意しなければならないのではないでしょうか。辻先生は、美が現実を支えているという構造を現実に体験していると言うよりも、むしろそうした状況を意志している、ということが言えるのではないでしょうか。ちょうど、カントが純粋理性批判に於いて超越論的演繹法という形で、科学が成立するための諸原理を考えたのと同じように、この世を美が支えていなければ、どうなるのだろうか、というある種の直観的な意志に基づいて語っているような気がしてならないのです。そうでなければ、人間世界は成り立たない、という危機感によるものではないか、とも思います。

次回は「窖」について書いてみたいと思います。

台風が近づいてきています。本当であれば、明日の朝早くに出立して、明日の晩には富士山八合目の山小屋で夕食を食べているはずでした。そして明後日の明け方には、富士山頂にてご来光を仰いでいるはずだったのです。ですが、台風と梅雨前線という自然力には屈服することになりました。明日の登山は当然のことながら中止となりました。ですが、それでも諦めないのがわが友人達。15日の夜から登り初めて、16日朝のご来光を眺めよう! という話になってきています。ですが、台風は思った以上に遅い。遅々とした足取りの台風は、どうやら15日の午後に関東地方に再接近する模様。さて、わが登山隊の隊長の判断や如何に?? 明日の夜ご報告します。 
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春の戴冠を読む その2
2007年07月10日 (火) 23:15 | 編集
Haru
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春の戴冠、上巻も半ばを過ぎてきました。小さかったサンドロ(ボッティチェルリ)も、語り手のフェデリゴももう十二分に大人になりました。サンドロはフィリッポ・リッピの工房から別の親方の工房へ入ったのですが、人気が出てきたこともあって独立した工房を構え、肖像画などを描く仕事をしています。語り手のフェデリゴは、フィチィーノに弟子入りし、師匠の原稿の清書をしたり、後輩のギリシア語の先生になったりしています。フェデリゴは結婚していますので、もう20代も半ばにさしかかったところでしょう。

フィレンツェ(文中では、フィオレンツァ)の情勢はといえば、コシモが死に、息子のピエロが死に、孫のロレンツォがメディチ家の当主となりメディチ銀行をやりくりするだけではなく、フィオレンツァの政治的安定と覇権を確保すべく活躍しています。 フィレンツェの主要産業は毛織物なのですが、毛織物を染色するためには、媒介剤となる明礬が不可欠です。ところが、明礬はオランダでとれたり、教皇領でとれたりという感じで、なかなか安定供給が見込まれない状態。毛織物業者の中にも廃業するものが出てきたのですが、そんな折、フィレンツェ領内で明礬鉱が発見され、大騒ぎになります。ところが、明礬鉱が発見されたヴォルテルラの住民が叛乱を起こし、ロレンツォは完膚なまでにヴォルテルラの住民を虐殺するのでした。

一方、サンドロとは言えば、今そこにある桜草を描くのではなく、この桜草を通じてそこに現れている神的なものもを描き出そうとしています。他の親方は「ものから目をそらすな」といった具合に、現実認識を拡張していくことで、そこに美を求めようとするのですが、それはそれでいつしか破綻を来すのは必定なのです。人間の認識能力は有限ですので、認識すればするほど地平は広がり、認識すべきものの多さと大きさに圧倒されることになるのです。いわば経験論的な世界観とでも言いましょうか。サンドロはそうではない。いまここにあるものの背後にある神的なもの、あるいはイデアールなものをとらえて、それを描き出そうとしている。そう言うやり方なのです。この構造には見覚えがありますね。「嵯峨野名月記」の俵屋宗達のスタンスと同じです。あるいは、「小説への序章」で語られる、神の死後に改めて認識される世の不可知性の問題です。バルザックの頃までは、経験によって全世界を把握しようという試みは可能であったかも知れないけれど、いまやその可能性はないのです。そうなると、芸術家はパースペクティブを変えなければならない。帰納的認識から演繹的な認識へといこうしなければ、無限大に連なる世界を表現することなど能わないのです。辻邦生師のなかに一貫して現れるテーマがここにも当然のように登場していて、それを読むたびになぜか甘美な思いをするのです。

たしか、前回読んだときには、サンドロの芸術的信条がもう一二度転回していく、というのを覚えています。これからどのようにサンドロが成長していくのか、そしてフィオレンツァの行く末はいかなるものへとなっていくのか。二度目だというのにわくわくしますね。もちろん、歴史的事実として、このあとサルヴォナーラが登場して、フィオレンツァのルネサンスは小休止を強いられる訳なのですが。

最近、思い立って、フィレンツェの地図をガイドブックからコピーして、読みながら、場所を把握するようになってきました。フィレンツェには行ったことがありませんので、土地勘が全くありません。せめて地図と本でフィレンツェを満喫できればいいな、と思いながら読んでいます。もちろん辻邦生師の文学への理解がいっそう深まることを願っているのは言うまでもありません。
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