2007年05月31日 (木) 21:20 | 編集
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R.シュトラウス/アルプス交響曲 カラヤン(ヘルベルト・フォン) (1998/06/10) ユニバーサルクラシック この商品の詳細を見る |
この曲は、中学生の頃に初めて聴いたのですが、その演奏にどうも今ひとつなじめなく、そのままこれまであまり省みる機会がなかった曲でした。先だって、インターネットラジオでこの曲が流れているのを聴いて、俄然興味が出たと言うことと、このところカラヤンがマイ・ブームだったりしますので、ついつい買ってしまったのでした。
昨日、ようやくとiPodに入れましたので、今日の通勤のお供に聴いてみたわけです。いやあ、すごい迫力、ダイナミックレンジの広さ、です。細かいですが、オルガンの音が良いですね。
ところどころに、「ツァラトゥストラ」の旋律が聞こえてくるあたりもおもしろいですね。標題音楽なので、一応シュトラウスがアルプス登山をしたときの印象を書いている訳なのですが、そういう枠を超えて良い曲だとおもいます。もちろん、我々は表題を知っているわけですので、いろいろ想像してしまうわけです。鳥の囀りとか、小川のせせらぎとか、山に太陽が沈む場面とか、嵐の場面とか(貧困な想像で申し訳ないですが)。そう思うと、グローフェを思い出したり、田園を思い出したりしますね。
ともかく、カラヤンとベルリンフィルのコンビの強力さを改めて思い知らされました。しばらくこのCDを聴く機会が増えそうです。
今日で五月も終わりですが、今日付でウチの会社を去る人がまた一人いらっしゃいました。まあ転職ですね。
転職者に対する組織の雰囲気は、本当にいやな感じです。なんだか裏切り者扱いをしているような感じで、端から見ていてあまり良い気持ちがしません。人それぞれ生きるスタイルがあるのでしょうから、転職する方が出るのは当たり前なのですが。そういう考えを持たないように常に自己点検しないと行けないな、と思いました。
明日からは6月ですね。ついこの間がお正月だと思っていたのに早いものです。今後ともよろしくお願いします。
よろしければ応援してください。
2007年05月30日 (水) 20:50 | 編集
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Richard Strauss: Der Rosenkavalier Gottfried Hornik、 他 (1990/10/25) Deutsche Grammophon この商品の詳細を見る |
- 伯爵夫人はシントウさん
- オクタヴィアンはパルツァさん
- オックス男爵は大好きなクルト・モルさん
このオペラで僕的に一番理解が深まっていないのが第一楽章の後半、伯爵夫人とオクタヴィアンの二重唱のところです。ここばかりはほかの部分に比べて、理解が弱いなあ、と思ったので、帰りの電車の中で集中的に聴きました(今日はとても疲れて半分眠ってしまったのですが)。それで家に帰ってからも聴いています。 伯爵夫人の歌詞のなかからいくつか抜粋してみます。
時とともに流れていくものがどんなに弱いかを、感じないではいられない気持なの。このことは私の心に深く食い込んでいく。
時というものはね、カンカン、時というものはすべての物を変えはしない。でも、時は不思議なもの。ただ夢中で生きているときは全く無に過ぎない。でも突然、時のほか何物も気に留めないようになるの。
カンカン、今日か明日かはしらないけれど、あなたは去っていく。別の人のために──私よりももっと若く、もっと美しい人のために私を捨ててしまう。このあたりの音楽的盛り上がり方、本当に素敵です。シュトラウスらしい品のある美しさ、です。 それにしても、伯爵夫人の言うこと、本当にそうです。時間こそ最大の自然力で、我々は決してそれにあらがえない。そのことを30代になった伯爵夫人はよく知っているのですが、オクタヴィアンはまだよくわからない。若者たちがそうであるように、まだ無限に時間があるように思っているからなのでしょう。私たちもきっと同じ経験をしているはずなのです。かつてはオクタヴィアンだったが、そのうちに伯爵夫人の気持が分かるようになる。まるで、若い頃はオクタヴィアンを歌った歌手が、歳を重ねて伯爵夫人を歌うようになる、ということを物語っているようですね。
「ばらの騎士」は、2003年の夏に、上野で二期会の公演があったのを見たことがあるだけです。あとはクライバーさんがウィーンで振ったDVDを見たぐらいです。ですが、今年は二回も見られますからね。楽しみです。
今朝は、気合いを入れて4時に起きて一仕事しようと思ったのですが、一時間であまりに眠たくてダウン。布団に潜ってしまいました。6時半には起きていつものように会社に行ったのですが、かなり悔しいです。今朝は多少準備に失敗した感があるので、明日は準備を万全に早起きしたいと思います。昨日の後輩のプレゼン、なんとか最後まで言ったようです。今日少し相談をしてフォローをしてなんとか完了。よかったです。この後輩が結構やる気もありますし、かわいい奴なんですね。つっけんどんな後輩より全然良いです。ということは、つっけんどんな後輩もいるということなのですが……。まあ、後輩には平等に接しないと行けないんですけれどね。気をつけますです。
よろしければ応援してください。
2007年05月29日 (火) 21:42 | 編集
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マーラー:交響曲全集 オムニバス(クラシック)、アルノルト・シェーンベルク合唱団 他 (1995/07/07) ユニバーサルクラシック この商品の詳細を見る |
今日はマーラーの9番をアバドの指揮で聴きました。これもiPodに入っています。マーラーの9番を聴くのも本当に久しぶりです。昔はあんなにマーラーばかり聴いていたのに、です。僕が好きな順序で言うと、8番>2番>3番>7番 と言った感じでしょうか。といっても、高校生の頃の印象なのですが。最近は10番も聴いて、本当に良いなあ、と思います。
前述の通り、かなり久々に聴いたので、ほとんど初めて聴いたのと同じです。新鮮な気持で聴きました。昔はブルノ・ワルター盤を聴いていたものですが……。9番は、旋律が幾つも有機的に組み合わさった緻密な構造なのだな、という印象です。それから第一楽章と第四楽章が白眉ですね。マーラーのこういう静謐なところがとても大好きです。第四楽章が消え入るよう終るところは感動的です。
それから、やはりベートーヴェンやブラームスとは違う出自を感じます。彼がボヘミアで生まれたということや、ユダヤ人であったと言うことが関係しているのだと思います。アウトローでありながら、西洋音楽の頂点(=ウィーン休廷歌劇場監督)に上り詰めたマーラーは凄いです。加えてこうして11曲も交響曲を残しているのですから。本当に偉大なペルソナだと思います。
今日はなぜか5時起き。少々仕事をしてから7時前に家を出て会社へ。会社にはいつものように8時20分頃につきます。今日はお休みの人が多かったですね。風邪が流行っているのです。僕も鼻や喉の粘膜に痛みを感じて、マスクをつけて仕事をしました。指導をしている後輩が、管理職にプレゼンをする日だったのですが、あえて口を出さず、遠くから見守っていました。自分がプレゼンするよりはるかに緊張しますね。僕は用事で途中退席したのですが、あの後は大丈夫だったのでしょうか……。明日会社に行くのが少し怖い感じです。
よろしければ応援してください。
2007年05月28日 (月) 21:15 | 編集
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アダージョ・カラヤンGOLD カラヤン(ヘルベルト・フォン) (2006/08/16) ユニバーサルクラシック この商品の詳細を見る |
エピキュリアンのブログ日記 さんで紹介されていたアダージョ・カラヤン。コンピレーションアルバムとして結構売れましたよね。そういえば、10年前に聴いたっきりだったなあ、と思いまして、聴いてみたのですが……。驚くほど素晴らしい。どうしていままでCDラックの肥やしにしていたんだろう? 私は愚か者でした。 それにしても、マーラーのアダージェット、驚くほどゆったりとしたテンポで、弦楽器が激しく歌っています。この揺らぎは、明らかにベネツィアのゴンドラです。ヴィスコンティの「ベニスに死す」を見たのを思い出しました。あれは凄い映画でした。それから、この曲を聴くと、マーラーが死ぬ場面を思い出すのですよ。アルマの回想記を高校生の時に読んで感動にうちふるえたときのこと、です。
それから、アルビノーニのアダージョ。この曲も思い出深いです。いまから6年ほど前に一人でドイツに旅行に行きました。寒い冬でした。それが初めての単独海外旅行だったのですが、思った以上に緊張していて、行きの飛行機の中でもう知恵熱が出てしまって大変。ホテルも何もとっていなかったので、フランクフルト中央駅の向かいにあるホテルに泊ったんですよ。それで、そこのフロントの男ともまともに話せずショックを受けて(思った以上にドイツ語ができないことが判明したんです)、そのまま食事も摂らずに悪夢と共に眠り続けたのでした。翌朝起きて、気を取り直して、駅から地域間急行(IR:Inter Regio、今はもうないようですが)にのって、ハイデルベルクへ。まだショックが収まらず、町はずれの駅からハイデルベルクの旧市街へと歩いていったのです。前夜の雪がまだ残っていて石畳の街路は白く舗装されているように見えたんですね。そうしたら、アルビノーニのアダージョがきこえてきたんです。アコーディオンを道ばたでひいていらっしゃる方がいたんですね。アダージョ、本当に胸に染みました。あまりに感動したので、楽器ケースに5マルク入れたのを覚えてます。

なんてことを思い出したりしながら聴いています。
実は、エピキュリアンのブログ日記さんの記事を読んで、カラヤンを聴こう! と思ったのですよ。それもヘッドフォンを付けて大音量で。おかげでこの一週間、良い音楽を聴くことが出来ています。ありがとうございます。
今日は辛い一日でした。月曜日はあまり体調がよくないことが多いですね。しかも今日は5時半に起きてしまいました。いつもより一時間早いのですが、ちょっとやらないと行けないことがありまして……。早起きは気持が良いのですが、体調が悪いとなると少々辟易気味ではあります。今日は会社で後輩指導。育っていってくれるのを見るのは嬉しいものです。
よろしければ応援してください。
2007年05月27日 (日) 21:37 | 編集
昨日は久々にタワーレコードへ。悪い虫が出て少々買いすぎてしまいました。そのうちの一つが、グラモフォンから出ているブラームス交響曲全集の廉価版です。その中でも特に交響曲第三番を聴いています。
非常にスタイリッシュでありながら、胸を打つ情感、切迫した感じに溢れています。特に、第三楽章、悲しみが溢れ出ています。聴いている方もメランコリッシュになります。
気づいたのですが、カラヤンは結構テンポを動かすのですね。僕がこれまで聴いた印象ではあまりテンポを動かさず一気に演奏するイメージがありました。そこが少し驚いた感じです。それから、テンポどりもあまり早くない感じです。カラヤンのテンポ取りは早いという印象があったのですが、そうでもないのですね。意識して聴いてみるといろいろ新しい発見があって面白いです。
それから、先日のモーツァルトでもそうでしたが、弦楽器はテヌート気味に音価を長めにとっていることがおおいですね。それがのびやかな美しさを醸成しているのだと思います。
全体的に、クライバーのような華やいだ甘い感じは少ないですが、まさに王道なブラームスで、雄大なブラームス、そして悲哀に満ちあふれたブラームス。違和感なんて全く感じず、むしろ懐かしい気持を持ちます。
なぜ懐かしいのか、というと、初めてクラシックに意識して触れた時に、親からプレゼントされたカセットテープがグラモフォンの名曲100選のなかから選んで貰った6本のテープで、それ全てカラヤンがふっていたんですね。運命、田園、アイネ・クライネ・ナハト・ムジークなどなど、王道ものです。それを聴いて育ったもんですから、一時期はカラヤンを聴いても面白くないなんて感じることもあったのです。でも、カラヤンは凄いというのは、先日も書いたとおり。カラヤンの厳然たる美意識がやっとわかるようになってきた、と言うところでしょうか。
今日は6時半に起きたのですが、少々疲れていたようで8時まで二度寝をしてしまいました。やむなしです。それから近所のカフェに出かけて仕事をしました。カフェではインターネットも使えませんし、気の散る要素が少ないので、仕事がはかどります。14時前に帰宅して、少々午睡。それからまた仕事。18時ぐらいに一息ついて、食事。夜はブラームスを聴きながらブログです。明日からまた仕事ですが、頑張ります。 よろしければクリックしてみてください。
2007年05月26日 (土) 22:28 | 編集
ジャーマンフェスト2007に行ってきましたよ。
http://www.nihon-oktoberfest.com/hibiya/index.html
昨日は雨でしたので、どうなることかと思いましたが、今日は思いの外良い天気。ビールを飲んで灼けてきました。

Hefe、あるいはWeiss Bierとよばれる濁ったビールです。独特の甘みとコクが特徴です。私がドイツに行く楽しみはこのビールを飲むことです。日本の大手メーカーはこういったタイプのビールをなぜ出さないのでしょうか? 是非出して欲しいものです。そしたら毎日でも飲みたいです。

ザウアー・クラウトに、ソーセージ、豚肉、クヌーデルのようなもの、などなど。メチャメチャ美味かったです。

昼下がり。大盛況でした。
http://www.nihon-oktoberfest.com/hibiya/index.html
昨日は雨でしたので、どうなることかと思いましたが、今日は思いの外良い天気。ビールを飲んで灼けてきました。

Hefe、あるいはWeiss Bierとよばれる濁ったビールです。独特の甘みとコクが特徴です。私がドイツに行く楽しみはこのビールを飲むことです。日本の大手メーカーはこういったタイプのビールをなぜ出さないのでしょうか? 是非出して欲しいものです。そしたら毎日でも飲みたいです。

ザウアー・クラウトに、ソーセージ、豚肉、クヌーデルのようなもの、などなど。メチャメチャ美味かったです。

昼下がり。大盛況でした。
2007年05月25日 (金) 21:43 | 編集
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マーラー:交響曲全集 オムニバス(クラシック)、アルノルト・シェーンベルク合唱団 他 (1995/07/07) ユニバーサルクラシック この商品の詳細を見る |
ああ、他のマーラーも聴きたくなってきました。iPodに入れちゃおう。
アバドと言えば、ルツェルンで振った「復活」が印象的でした。前にも書いたことがありましたが、本当に度肝を抜かしましたよ。アバドは病気から復帰したわけですが、往事に比べてめっきり痩せてしまって痛々しいぐらいでした。でも本当に素晴らしい集中力でした。あやかりたいものです。どんなに体調を崩しても頑張らないといけません。
今日でお仕事もおしまいで、明日は休日なのですが、さすがに週末に向けて身体が痛くなるぐらいな感じでした。会社からのバスの中でマーラーの7番を聞き始めたのですが、聞き始めるに付けて、昔のことが思い出されて、回想モードへ。それがいつの間にか夢想モードに変わっていて、知らない間にバスは終点に近づいていたのでした。寝坊したら危なかったです。何を思ったのかというと、7番を最近聴いたのはいつだろう、ということ。昨日「10番は久しぶり」とか言っているくせに、つい3ヶ月前にも聴いてるじゃん、みたいな自分つっこみをしていたのですが、さすがに7番は10年ぐらいまともに聴いてないですよ。
それで思ったのが、そもそも私の聴く量っていうのが、思ったより少ないなあ、ということ。確かにジャズっぽいの聴いたり、スムーズジャズ的な音楽を聴いたり、と浮気してますからね。致し方がないんですが。でも、やっぱりクラシックも好きなんですよね。それで、何かを考えたり書いたりするためには、やっぱり量聴かないといけなくって、でも時間なくて、ジャズも聴きたいし、サックスも吹きたいし、本も読みたいし、仕事もしないとイカンし、CD買いたいけれど経済的にも空間的にも厳しいし、みたいな感じで、四方八方に引き裂かれている感じなんですよね。でも頑張って聴こう。感動がかならず待っていますからね。
2007年05月24日 (木) 21:30 | 編集
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マーラー:交響曲全集 オムニバス(クラシック)、アルノルト・シェーンベルク合唱団 他 (1995/07/07) ユニバーサルクラシック この商品の詳細を見る |
マーラーのシンフォニー10番をアバドの指揮で聴いてみました。
マーラーを聴き始めたのは、中学生の頃でしたが、大学に入ってからはすこしご無沙汰していました。特に思い入れの強い第8番をのぞいて、マーラーを聴くのは本当に久しぶりです。
この曲を聴くと本当に悲しくなります。生と死の狭間で揺れ動いているかのような気分になるのです。この曲を書いている頃、奥さんのアルマは不倫をしていたわけですが、その不倫相手のグロピウスが、マーラーの山荘を訪れたときに、マーラーは「アルマ、君の好きなようにしなさい」と言ったのですが、この挿話を聞くたびに、マーラーの気持たるやいかなるものだったのか、と考え込まずにはおられません。名家の出身で社交界の花形だったアルマと、ボヘミア生まれのユダヤ人で決してスマートな外見などを持ち合わせていなくても、実力でスターダムにのし上がったマーラーの結婚は、おそらくは本当に難しいものだったに違いないのです。アルマはマーラー自身ではなく、音楽監督としてのマーラーと結婚したのでしょうし、マーラーはマーラーで、アルマに対して負い目を感じていたのではないかと想像するのです。この結婚が順風満帆で幸福のうちに終るわけがない、と思わずにはいられません。
そんなことを考えていると、CDの4トラック目(全体で言うと12トラック目)で現れるトーンクラスター。あまりにも悲痛な叫びなので、胸が引き裂かれる重いです。12音中9音が同時に慣らされていると言うことで、シェーンベルクはこの箇所を「和声の革新」と見なしたそうです。
その後、アルマはグロピウスと再婚して、マノンという女の子をもうけるのですが、聡明な美少女でありながらも夭折してしまい、マノンのためにアルバン・ベルグがヴァイオリン協奏曲を書くというストーリーが待っていますからね。 さらに言うと、アルマはグロピウスと別れたのちに、フランツ・ヴェルフェルと結婚します。ナチスから逃れるために、二人はピレネーを越えてスペイン経由でアメリカに亡命するわけですが、このとき亡命に失敗したのがヴァルター・ベンヤミンなんですよ。ほとんど同時期に試みたのですが、ベンヤミンは失敗して自殺するんですね……。何とも言えない悲しみなのですよ、このあたりの話は……。
そんなことを思いながらあっという間に第一楽章を聴き終えてしまったのでした。
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ゼンハイザー ヘッドホン ダイナミックオープンエア ハイグレードモデル HD650 () ゼンハイザー この商品の詳細を見る |
2007年05月23日 (水) 23:55 | 編集
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Strauss: Intermezzo Dietrich Fischer-Dieskau、 他 (1993/11/16) Angel この商品の詳細を見る |
まずは、残念なことに昨日記事を書いたつもりだったのですが、下書きのままだったみたいでした。昨日の記事がなくて、あれれ、ということで気づいてしまいました。やはり疲れ気味なのでしょうか?
今日は、またですが、サヴァリッシュさんのインテルメッツォなどを聴いておりました。私は聴く範囲が狭いのでしょうか。他の方々のようにいろいろな演奏を聴いたりしていない気がしています。それにしても部屋はCDで溢れているのですが(本と同居して一部屋つぶれている感じです)……。僕は買ったCDを売ったりしていないからなのではないか、と思っています。聴いてみて、どうしても欲しいもの以外は売って行って、スペースをつくって新しいものを買っていく感じ、循環させていく感じにしないと行けないのかな、と思っています。
それにしても、いつ聴いてもルチア・ポップさんの歌は素晴らしい。聴いているだけで明るい気分になりますね。明瞭な発音で歌詞もはっきり。早いパッセージを気持ちよく歌っています。胸がすっきりしますね。
今日は、会社帰りに図書館に寄ることができたのですが、そこで吉田秀和さんの本を少々立ち読みしました(もう限度一杯借りているので、借りられなかったのですが)。そこには、小澤征爾さんがニューイヤーコンサートを振ったことについて書いておられました。とても良い演奏だと褒めていらして、出自にかかわらずともこうして西洋音楽でよい仕事をすることが可能であることの証左なのだ、ということをおっしゃっていました。そうですね。そういった日本のかた、あるいはアジアの方はたくさんいらっしゃるわけですので、そう言った方にとってはとても勇気づけられる文章だな、と思います。千秋君なんか、とても勇気づけられるのではないでしょうか(笑)?
2007年05月22日 (火) 20:50 | 編集
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Mozart: Symphonies Nos. 35, 36, 38 - 41 Herbert Von Karajan () Emi Classics この商品の詳細を見る |
今日も会社からの帰りの電車でモーツァルトの40番を聴くことにしました。こちらもiPodに入っていましたので、早速と聴くことが出来ました。
今日はカラヤン盤です。いやあ、これがもう美しくて美しくて。冒頭のフレーズのヴァイオインにテヌートがかかっていて、伸びやかで表情のある演奏。みずみずしいなあ。今の季節にぴったりです。ダイナミックレンジもしっかりとってある。でも、なんだか暗鬱な感じは全く受けないのです。むしろ清々しい感じです。やはりカラヤンは偉大なんですね。
昨夜は早く眠りましたので、今日は昨日に比べて調子も上向きです。やはり睡眠は大事ですね。
今日は、コメントをお二人の方から頂きました。ありがとうございました。このブログのテーマは、辻邦生師のことを書くことと、音楽を聴いた感想を書くというものなのですが(守られていない面はありますが)、ともかく、書いていくことこそが大事な気がしますので、できるだけ続けていこうと思います。
2007年05月21日 (月) 20:41 | 編集
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モーツァルト交響曲第40番&第41番 ベーム(カール) (2005/12/14) ユニバーサルクラシック この商品の詳細を見る |
そんなときは音楽を聴いて心を休ませようと思うのですが、iPodに入っている曲の中からそうした癒しのアルバムを選ぶのも大変なぐらい。インコグニートを聴いて自分を鼓舞してみようかな、と思ったけれど、かえって疲れちゃう感じ。
そこで、初心に戻ってモーツァルトを。後期の交響曲がiPod内に常備されているので、その中からベームがベルリンフィルを振った盤を聴いてみることに。 疲れたときは、明るい曲ではなく、マイナーキーの交響曲がいいに決まっています。疲れているときに明るい曲を聴くと、「なんで君だけそんなに元気なの、ヴォルフィー!」と叫びたくなりますから。
それで、マイナーキーの交響曲といえば、25番か40番に限られるわけでして、iPodに入っていたのは 40番。慣れ親しんだ40番を聴いて慰めてもらったというわけです。 ベームの指揮は、重厚で格式のあるスタイル。とても「ピンクの(のだめカンタービレ的形容における)」モーツァルトというわけにはいきませんが、安心して聴くことができました。
昨日の友人の弁が強烈だったので(というか、音楽を生業にしているのだから当たり前で、こっちはアマチュアなんだから仕方がないけれど)、なおさら音楽を語ることの難しさ、あるいは音楽を語ることの意味、について考えざるを得ません。僕のように独りでクラシックを聴き続けてきた人間にとっては、どういう風に間合いをとりながら音楽について語ることができるのでしょうか? 吉田秀和さんの本を読んで音楽批評の意味について考えなければならないのでしょうか?(そこまでは到達できずとも、ですが……) ベームの演奏を聴きながらそんなことを考えながら家に帰ってきました。すこしお悩み中です。やはり疲れている模様。今日は早く眠ります。
2007年05月20日 (日) 23:22 | 編集

今日は友人の結婚式。表参道の裏にあるフランスレストランにて。このレストランを結婚式で訪れるのは3回目。今回を含めて2回は大学の友人の結婚式。後の1回は自分の結婚式のときだったりして……。
それで、久々に大学の友人二人と会ったのだが、そのうちの一人は、大学をでてからあらためて某大学院の作曲科に入学したという強者。それで彼と音楽の話をいろいろしたんだが、彼が言うには、フォーレって、はずれがないんだそうである。フォーレの曲はすべて出版されているとか。それで、今まではフォーレの楽譜が高かったんだが、最近版権が切れて(おそらく没後80年の2004年から?)安く手に入れることができたのだ、とか……。
同じテーブルには、初めてお会いする方もいらしたのだが、その方はメシアンが好きなのだとか。知らない方とあって、その人がメシアン好きだ、ということになる確率は相当低いと思うのですが……。よくぞ同じテーブルに固まったものだ、と思う。
ちなみに、のだめの劇中曲「おなら体操」が発売される、というネタでも盛り上がりました。
式が終ってから、大学の友人三人と表参道から西麻布方面へてくてくと歩いて、青山墓地に隣接する公園に陣取って、スタバのテイクアウトを飲みながら、アホな話を繰り広げる。
カミングアウトしますが、僕らは哲学科出身なので、話し好きというか議論好きだったりします。まあ、僕は今は単なるサラリーマンなので、なかなかついていけないのだが、音楽における美と醜の対立関係は、商業音楽(ポップスとかジャズね……)に適用することはできない、なんていう話で熱くなったりして……。端から見てかみ合った議論であるかどうかは疑問ですけれど。
あ、結婚式ではサックス吹きました……(無言)。
6月にも後輩の結婚式でもサックスを吹くのですが(これはカルテット)、夜はリハを二時間ばかり。さすがに疲れました。
2007年05月19日 (土) 22:57 | 編集

今日は、シュトラウス先生の「死と浄化」をケンペ指揮で聴きました。この曲、繰り返し聞けば聴くほど言い曲だと思います。つくられたのは1888年から1889年ですから、若干24歳の作品と言うことになります。この若さでこの曲か……。天才は違いますね。
シュトラウスの管弦楽曲は、小さい頃から少しずつ聴いていましたが、体系だって押さえているわけではないです。これからも頑張って聴きます。
明日、友人の結婚式でサックスを吹きます。曲は「星に願いを」で、5年ほど前にも会社の同僚の結婚式で吹いた曲。5年前は、マイクにリバーヴを宛てて貰って吹いたので気持ちよかったのですが、明日の会場はレストランなので、PAは望めなさそう。いい音が出ると良いなあ、と思います。今日は自宅にてEWIで練習。フレーズの吹き回しや、コーダの部分のインプロヴァイズを確認。きっと上手くいくでしょう。
ちなみに、YOUTUBEでこの曲を検索したら、素敵な映像を見つけました。この曲で、この映像を見ると、本当に涙が出てきますね。ディズニーは偉大だ! よろしければクリックしてみてください。
2007年05月17日 (木) 22:27 | 編集
- 都おどり殺人事件
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- 発売元: 徳間書店
- レーベル: 徳間書店
- スタジオ: 徳間書店
- メーカー: 徳間書店
- 価格: ¥ 580
- 発売日: 2004/01
- 売上ランキング: 351044
訳あって手に取ることになったこの本、勢いよく半分読んでしまいました。
山村美紗さんの小説を読むのは(お恥ずかしながら)初めてなのですが、文章は上品に落ち着いています。主人公は沢木という画家と、舞妓の小菊なんですが、祇園花街の風情がよく伝わってきます。季節によって髪飾りを変えるとか、取引事は真夜中にやってわざと日にちを曖昧にするとか。なるほどなるほど、と言う感じです。トリックは少し奇をてらっているような気もしますが、なかなかよく考えられていて、大きな不自然さは感じないです。早速続きを読むことに致しましょう。
2007年05月16日 (水) 22:59 | 編集
- ケイン号の叛乱
-
- アーチスト: ハンフリー・ボガート
- 発売元: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- レーベル: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- スタジオ: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- 発売日: 2006/08/04
- 売上ランキング: 68043
- おすすめ度

- ケイン号の叛乱
-
- 発売元: フジ出版社
- レーベル: フジ出版社
- スタジオ: フジ出版社
- メーカー: フジ出版社
- 発売日: 1984/01
昨日に引き続き、ケイン号の叛乱について。
・キファーが離艦するとき、こんなことをいう。
564頁
おれはいまクイーグに同情したい気持で一杯なんだよ。(中略)指揮権ということがどんなものなのか、指揮をとってみてからはじめて納得がいく。こんな孤独 な、こんな重圧を感ずる仕事は、世界中どこを捜したってありはしないよ。当人が牛みたいな鈍物でないかぎり、悪夢みたいなものだ。正確な判断と幸運の細道 をいつまでも行きつもどりつするようなもので、この細道たるや、いつ過ちをしでかすかもしれぬという無限の暗鬱さの中を曲がりくねってるんだよ。
564頁
さもありなむ。これ、今のサラリーマンも同じだよなあ。というか、そう思っている時点で負けなのかも。「鈍物」な人はそうは思わないだろうから。ここで言 う「鈍物」って、おおらかで大胆で剛気で包容力のある堂々たる人物のことをさしている。そんな人は指揮官(上長)になっても上手くいくんだろうけれど、そ うじゃない人にとっては、キーファーが語るようなこと、身につまされるような思いなんじゃないかな。
・やはり指揮官に適任なのは、ド・ブリースのような、鷹揚で、いい意味でいい加減な人物なんだろうね。そうじゃないと勤まらないんだろう。
・この小説は、本当にアクチュアルな小説だと思う。組織と、組織の中の上下関係の織り成す葛藤という名のタペストリ。だからこそ、これまでずっと読まれているんだろう。
・あらゆる組織はモルトケ以降の軍機構によっている、という話を思い出す。頂上に司令官がいて、軍団があって、軍があって、師団があって、連隊 があって、大隊があって、中隊があって、小隊があって、という具合に、細分化していく組織。その中のあらゆる箇所に指揮官がいるという構造。最近はそうで ない組織もあると思うんだが、やはり大部分はこのような細分化構造に拠っている。
・会社組織、特に20世紀からあるようなふるい会社組織って、やっぱり軍隊的だなあ、ついでに、底流するものも軍隊意識なんだろうな、と改めて 認識する。そうじゃないという人もいるだろうけれど、すくなくともうちの会社はそうだ。だからついてこれない人は次々にやめていっちゃう。あるいは体や心 を壊しちゃう。クリーグ艦長のように。
・メイ・ウィンのことも触れておかなきゃ。ウィリーはメイにほれるんだけれど、母親の反対にあって、いったんはあきらめる。というより、メイを 捨てちゃう。メイは、貧しいカトリック家庭の娘。一方、ウィリーはおそらくはWASPで、父親は医者で、母親は富豪。ウィリーもプリンストン出身のエリー トなんだけれど、ピアノの才能もあるから、夜の街で気晴らしにピアノなんかを弾いたりしている。メイとウィリーの接点は音楽だけ。でも、やっぱり好きだった。そのことを神風攻撃で死にかけたときに感じる。人間、死を意識すると、愛に目覚めると言うこと、あると思う。どうせ死ぬなら、愛している人間との時間をできるだけ多く持ちたい、とか、そう言う気持なんだと思う。
・でも、メイはウィリーとよりを戻せるんだろうか? 解説では、元に戻ることができるというような示唆があったけれど……。僕は、ウィリーが戻ったら、メイは死んでいるのだ、と思ったんだけれど、それよりも辛いことになっていたのには驚いた。安易じゃない道をちゃんと作者は準備していてくれたのだ。嬉しい限り。
・でも、メイはウィリーとよりを戻せるんだろうか? 解説では、元に戻ることができるというような示唆があったけれど……。僕は、ウィリーが戻ったら、メイは死んでいるのだ、と思ったんだけれど、それよりも辛いことになっていたのには驚いた。安易じゃない道をちゃんと作者は準備していてくれたのだ。嬉しい限り。
2007年05月15日 (火) 21:30 | 編集
- ケイン号の叛乱
-
- アーチスト: ハンフリー・ボガート
- 発売元: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- レーベル: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- スタジオ: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- 発売日: 2006/08/04
- 売上ランキング: 68043
- おすすめ度

- ケイン号の叛乱
-
- 発売元: フジ出版社
- レーベル: フジ出版社
- スタジオ: フジ出版社
- メーカー: フジ出版社
- 発売日: 1984/01
いやあ、面白かったですよ、「ケイン号の叛乱」。第二次大戦中の米海軍の旧式掃海駆逐艦「ケイン号」で起こった叛乱事件をモチーフにした戦争ドラマ。ケイン号という艦は実在しないし、実際に叛乱は起きていないのだが、ハーマン・ウォークが素晴らしい作品に仕立て上げている。
Amazonで調べてみると、なんと映画化されていて、ハンフリー・ボガードだという。これ、見てみたいですね。
二回に分けて感想などを。
・バウンティ号の叛乱や、ホンブロワーシリーズの叛乱も思い出させる。特にホンブロワーの影響は大きいなあ。艦長が強迫的で偏執狂とくれば、ホ ンブロワーの上官ソーヤー艦長をおもいだす。小説も読んだけれど、ドラマでも見ました。軍法会議の場面もホンブロワーの影響受けているなあ。でも、ホンブ ロワーのように単純明快に判決が下るわけではなく、検察側と弁護側の丁々発止のやりとりがあって、判決が下ると言う点は違う。ケイン号のほうがよりリア ル。
・この本もやはりウィリー・キースの成長物語。やはり売れる本である条件の一つは、主人公に感情移入させ、なおかつ主人公の成長を追体 験させるもの、というのはあるだろうなあ。幼い頃繰り返し読んだ「ゆうかんな船長」のハービーもそうだったし、「魔の山」のハンスもそうだったし、ホンブ ロワーシリーズも同じく。
・クリーグ艦長の偏執狂的強迫的行動を読んで、悪役ながらも気の毒になった。艦長と言えば、会社の上司と同じ立場。戦時中の艦長と、現 在のサラリーマン社会を比べるのも愚の骨頂あるいは紋切り型かもしれないけれど、軍隊も会社も個人の前に立ちはだかる厳然とした組織であることには変わり ない。組織のあらゆる上長──社長から始まり、部長、課長、係長、だれもが組織の長であり、それに向いている人もいれば、向いていない人もいる。クリーグ 艦長はおそらく向いていない方だったんだろうけれど、幼い頃のトラウマ──いじめられていたり、成績が悪かったり──を克服するために、無理して海軍のな かで努力してきた。それでも十年以上頑張ったんだけれど、ケイン号の艦長に就任したところでパンクしちゃったに違いないのですよ。いまなら、うつ病などの 精神疾患と診断されてもおかしくないなあ、という感じ。キーファーも文中でそう述べているとおり、本当に気の毒だ。
・沖縄でケイン号が神風攻撃を受けた場面、艦は火災を起こし、弾薬が引火して爆発し始める。キーファは逃げ出すのだが、ウィリーは艦に 残って消火活動をする。結局は、消火活動が功を奏して、大破するものの艦は無事に帰港することができたのだ。何事もそうだけれど、安易にあきらめてはいけ ないのだなあ、という人生訓。戦争においては特にそうだし、そもそも生きるということも戦争と同じく厳しい戦いだ。あきらめちゃあいかんなあ、なんでも絶 対にやりぬくという強い意志で立ち向かわないといけないなあ、という感じ。尻尾を巻いて逃げ出すのは簡単だし傷つかないけれど、立ち向えば、たとえ負けて も傷はついても名誉は失われないし、勝つことができるかもしれない。両者には天と地の差がある。
・長編小説だったので、途中で体調を崩したときはもう読めなくなるかと思った。でも、結局最後まで読みきれた。よかった。あきらめちゃあ、いかんなあ、という感じ。
明日に続きます。
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今日のことを少し。
今日は早めに会社を出て図書館へ。今回も借りた本やっぱり全部読めなかったのですが、「ケイン号」を読めてからいいかな、と言う感じです。その後楽器屋さんへ。今週末、友人の結婚式でサックスを吹くのですが、譜面立てを持って行こうと思いまして、購入。税込み1029円でした。ちょっと重いのと嵩張るのが難点ですが、まあ致し方ないでしょう。今週末も頑張ります!
明日に続きます。
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今日のことを少し。
今日は早めに会社を出て図書館へ。今回も借りた本やっぱり全部読めなかったのですが、「ケイン号」を読めてからいいかな、と言う感じです。その後楽器屋さんへ。今週末、友人の結婚式でサックスを吹くのですが、譜面立てを持って行こうと思いまして、購入。税込み1029円でした。ちょっと重いのと嵩張るのが難点ですが、まあ致し方ないでしょう。今週末も頑張ります!













